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トキは何故フンドシをまとうのか

トキは何故フンドシをまとうのか

今回語りたいのは、世紀末の服飾文化についてであります。テーマはフンドシ。
 フンドシと言っても、ユダが初登場時に身につけていたモノホンのフンドシのことではありません。ズボンの上に着用する、前掛けのような、スリットスカートのようなアレです。例えば、このような。

フンドシサンプル.jpg←コレはシュウのですね

 世紀末の拳士たちのごく一部に、このフンドシスタイルは強く支持されていることに、管理人は前々から疑問を抱いていたのです。だって、コレ、すごく戦いづらそうじゃないですか?
 シュウなんて脚技が命なのに、この布切れは邪魔にならないんだろうか?実のところ、烈脚空舞なんてやったら、布切れが顔の前にベロンと垂れてくるんじゃなかろうか?

 いや、
そんな使い勝手の悪さを補ってあまりあるナニカを、このフンドシは持っているのであろう、と管理人は想像するのです。



フンドシについて良く知るために、まずは主な愛用者を一覧にしてみました。(年齢は管理人の偏見)
 ・トキ  …20台後半
 ・アミバ …20台後半
 ・シュウ …30台後半
 ・フドウ …40台前半
 ・リハク …50台後半
 ・リュウケン(僧服を着る前)…50台前半

 この一覧を見ただけで、フンドシは若者のトレンドではないということが分かりますね。肉体の衰えを隠すために、おじさま達は股間にソッと前垂れをおろす…ということなのでしょうか。

 そして、この年代よりも上の男たちは、最早、脚線を見せることさえも恥じ、くるぶしまであるロングスカート(?)を身にまとうようになるのです。なんと奥ゆかしい世紀末の服飾文化でしょう。


 フンドシ愛好者について、もうひとつの特徴は
お父さんであること(トキ・アミバはのぞく)ですね。実子・養子の別はありますが、皆、結構な子を持っています。
 ならば、
このフンドシというのは「打ち止め」の証である可能性も捨て切れません。フンドシは「自分は子供に関しては満足しとるので、そろそろ我がジョニーも引退させてやらないと…」と股間に幕を引く証。ひいては周囲の女性への逆アピールにもなる訳です。
 意外と「おじさま、ギラギラしてなくて素敵♪」なんて反応を引き出すモテアイテムだったりしてね。



しかし、ここで気になるのはトキの存在です。(アミバはトキの真似をしているだけなので、気にしません)

 トキは病でジジむさい外見に変わってしまったので、つつましく、おじさまトレンドに身をゆだねた…と管理人は思っていたのですが、違いました。何と、トキは死の灰を浴びる前からフンドシ愛好者だったのです。

お見送りトキ.jpg←ロングコート風のラオウとは明らかに違うはためき

 トキは死の灰を浴びる前は、20代イケメン独身医師というモテ要素満載の男でした。優男ながら、体格もしっかりしており、股間に人目をはばかるような事象は何ひとつ無いはずです(多分)。何が哀しくて、フンドシを愛用するのか分かりません。

 年代の枠を飛び越えたトキのファッションは、例えば某ワニマークブランドを好むえなり○ずき君のように、世間に違和感を振りまいていたんじゃなかろうか。管理人、他人事ながら心配になります。



気になって仕方がないので、死の灰を浴びる前のトキの股間が確認できるカットを時系列で並べてみました。

滝つぼトキ.jpg
←滝でケンシロウを助けるトキ

演武トキ.jpg←演武するトキ

道場トキ.jpg←道場でラオウと決別するトキ

奇跡の町トキ.jpg←アミバと遭遇するトキ

シェルタートキ.jpg←核シェルターでのトキ

 これを見ると、フンドシをしているシーンとしていないシーンがあるのが分かります。トキは、滝でケンシロウを助けた若き日はフンドシをしていない…。また、道場にいる時も…。




管理人、分かったような気がします。若き日のトキのフンドシはファッションではなく、純然たる実用品なのです。
 トキは医師としての職業柄、腹から下を患者の血で汚すことが多かったのでしょう。だから、フンドシをエプロン代わりに使っていたのです。

 核が落ちる前とはいえ、すでに戦時中であった世紀末の世では、衣服は貴重でありました。白衣などは贅沢品の部類だったことでしょう。
 そこで、衣服を清潔に保つためにトキがとった手段がこのフンドシなのです。フンドシならば、元は1枚の布ですから安価です。汚れたら、すぐに他のものに取替え、着替えずとも次の患者を診ることができます。まことに合理的です。

 ですから、医学を志す前の滝シーンのトキはフンドシをしていないのです。また、道場にいる時も然り。
 トキは折り目正しい人ですから、神聖なる道場ではエプロン=フンドシなんぞ外したのですね。この1枚の布で、トキは拳士たる自分と、医師たる自分の線引きをしていた、とも考えられます。



そう仮説を立てて、もう一度、トキの人生を振りかえってみましょう。哀しみを誘うシーンがあります。そう、ラオウとの戦いを決意した時のトキです。

脱いだトキ.jpg←ズボンのボタンが外れてることにも注目

 トキは呟きます。「わたしもひとりの拳士として この生をまっとうしたい」と。常に万人のため、医師として生きてきたトキ。病に冒された彼が、人生の最後に自分のためだけに望んだのは、ただ、一拳士としてあることでした。
 その時、トキはついに、彼にとって医の象徴たるフンドシをかなぐり捨てたのです。

 「こんなモノつけてられるか!オレだってホントはまだ若いんだ!」という彼の心の叫びが聞こえてきそうではありませんか。だからといって、上着まで脱いでみせるこたあないよ、とは思いますが。



それなのに、望み通り、一拳士となってラオウと対決した時には、トキはまたフンドシを身につけました。
 医師として生きることを捨てたはずのトキ。おじさまファッションからの脱却を図ったはずのトキ…。しかし、ようやく晴れてフンドシを外せたのもつかの間だったのです。

 トキはラオウとの闘いのために、己の刹活孔を突いてしまったからです。太腿に残る、その特徴的な秘孔跡を、トキはラオウにだけは気付かれたくなかった。気付かれてラオウの哀れみを買うのは、トキには何よりも辛かったはずです。

 トキは再びフンドシをつけるより他なかったのです。エプロン代わりやファッションアイテムとしてではなく、今度は本当に股間を隠すために。



そのトキの健気な心がこもったフンドシは、闘いの後、ラオウによって引きちぎられました。
 あえて象徴的な見方を試みるならば、そのラオウの行為は、「弟よ、拳士でも医師でもなく、一人の男として生きよ」というメッセージである…ということになりましょうか。


フンドシちぎり.jpg ←弟よ、俺の前で心を鎧するなと(涙)

 それでも、生き残ったトキは結局、新しいフンドシを入手し、医師としてあり続けることを選びました。
 生涯の目標であった兄を越えられなかったという切なさ、最後に尊敬する兄と心ゆくまで拳を交えられたという悦び…。そんな複雑な感情を胸に、再び真新しいフンドシを身につけるトキは、きっと寂しげに微笑んでいたに違いありません。

 フンドシ…股間にはためく1枚の布。このささやかな布に、トキの人生の哀しみが凝縮されているように思えてなりません。


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南斗瞑想拳

これ褌じゃないでしょう!
原作を読んでいて一度も褌だと思ったこともないです。
でも、この考察を全部読んで腹を抱えて笑いました。
笑えるだけでなくちゃんと納得できる内容ですし。

褌によって自分を使い分けるとは、なるほどと思いました。
by 南斗瞑想拳 (2013-02-16 23:17) 

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